PEdALED ヒストリー 第3章 (奇跡の出会い!) 

12月 11, 2021

フリードリヒスハーフェン。

スイスのチューリッヒからもそんなに遠くないドイツのボーデン湖の湖畔にある美しい街。

そこが世界最大の自転車業界の展示会「ユーロバイク」が行われる場所です、飛行機を乗り継ぎやっとの思いで現地に到着しました。

私はさっそく展示スタンドを準備するために場所に向かい、そこで現実を突きつけられました。

それは、圧倒的な展示会規模の大きさです。サイクルモードの会場いくつ分あるのでしょうか??

 

サイクルモードの会場10〜15個分ぐらいかと言った感じで、エントランスから自転車産業振興協会のJAPANエリア内の私のスペースまでの距離を歩いた時に、再びとんでもない規模の展示会に来てしまったと実感しました。

これだけの出展社数と広大な展示規模からすると私のPEdALEDのスタンドは豆粒、いいや米粒のように小さいものです。

はたして関心を示してくれる人や会社はいるのだろうか?? 

とても不安になった事を覚えています。

しかし、ここまで来たからには易々と帰れません。

宿泊したのは会場からは離れた湖畔のリンダウと言う街、そこから会場まではシャトルバスで向かいます。

初日に向けてテンションを上げ、火事場の馬鹿力といいますか

「もう恐れる物はなし!」

とスイッチが入りました。

 

スタンドに立ち、何がなんだか分からないうちに初日が始まりました。

自転車に関わる人がこんなにいるのかと思うくらいの人、人、人、です。

ヨーロッパの自転車文化、自転車の歴史の長さ日本とは比べ物にならない自転車に関する環境の違いを実感しました。

PEdALEDのスタンドにはジャージやビブショーツなど並んでいません。

日本製のデニムとヘンプのTシャツ、ユーズドウエアからのリサイクルで作られたカジュアルなサイクルウエアです。

スタンドの前を通過する人々の反応は

「お前ここで何を売ってるんだ?」

「これは普通の洋服だろ」

「日本のデニム屋か?」

などばかり、決して良い感触ではありません。

しかし、英語がほとんど話せない私は身振り手振りと知る限りの英単語を交えて必死に説明をしました、すると「面白いコンセプトのブランド」だとか、「悪くないね!」などと言ってくれました。

とにかく、少しでもPEdALEDに触れてくれた方に必死で説明を続けました。

海外の方は「好き」とか「嫌い」とか「好きだけど私の店舗に合わない」とかはっきり言ってくれるので、それは私にとって良いアドバイスになります。

がむしゃらに接客して何人と話しをしたのか記憶に無く、、、、そんなこんなであっという間に初日が終わってしまいました。

 

翌日、がむしゃらな2日目がスタートしました。

奇跡、それはその日の午後に起こりました。

私は立ち寄られたある女性に必死に説明をしました、とても興味を持ってもらえたので、ビジネスカードを頂こうと尋ねたところ、「後で持ってくる」と言われてそこからいなくなってしまいました。

「あー戻ってこないだろうなー」と思っていました。が、数時間後にその女性が戻ってきて、ビジネスカードを渡してくれました。

そして、明日もう一度来るから少し話しましょうと言われました。

私は女性の名刺を見て腰が抜けそうになりました、それがセラロイヤル社のCEOとの奇跡の出会いです。

その後、代る代るセラロイヤル社の各セクションの方達が訪れてくれました。

約束通り翌日もう一度来られて、セラロイヤル社の考えやビジョンなどを聞かせて頂き、数週間後に私がセラロイヤル社を訪れる事が決定しました。

これらの重要な会話は自転車産業振興協会の方に通訳を助けて頂きました、この出会いに手助けをして頂きいまでも感謝しています。

 

数週間後、私はイタリア北部にあるセラロイヤル社を訪れました。

セラロイヤル社は社名そのもののサドルブランド以外にもレーシングサドルで有名なFIZIKというブランドも展開をしており日本でも馴染みのある製品が多い会社です。

イギリス生まれの革サドルメーカーBROOKSやペダルで有名なクランクブラザーズなどもセラロイヤル社のグループ企業なのです。

とにかく会社の規模や美しい仕事環境に度肝を抜かれ、瞳孔が開きっぱなしの状態です。

そこで、ついにPEdALEDがセラロイヤルグループの一員になる事が決定したのです。

まるで事前から決まっていたかのように、その後の日程がどんどん決まって行きました。

そのままミラノへ行ったり、バーミンガムのBrooks Englandの工場へ行ったり、、、何がなんだか分からん状態です。

 

それから2ヶ月後に日本で正式に調印を行い,晴れて公式に発表されました。

 

これでPEdALEDの新たな歴史が始まり、長く継続するブランドにする事が出来ると思い、胸が熱くなった事を覚えています。

しかし、駄目なら即終わってしまうという事もあるので必死に新たな製品を創造しました。

ファッションチャンネル向けの展示会にはBrooks Englandブランドと一緒に春夏と秋冬の毎シーズン、ベルリン、パリ、ニューヨークで出展しました。

やがて世界的に有名なセレクトショップでも販売が始まりました。

さらに2012年のユーロバイクでは、アパレル部門のゴールドアワードを受賞する事が出来ました。

まだこの頃はカジュアルな製品がほとんどでジャージやビブショーツはありませんでした。しかし、PEdALEDの3レイヤーコットンジャケットはその性能と必要性を認められ、ゴールドアワードを受賞しました。

セラロイヤル社にとってもゴールドアワードは初めてとなり、私自身とても誇らしかったのを覚えています。

そこから、ユーロバイクアワードは5年連続受賞を続けました。

 

確か2度目か3度目かの受賞のあと、Rapha創設者サイモンさんがスタンドを訪れてくれて「おめでとう」と言いにきてくれたこともありました。

受賞を重ねる毎にPEdALEDがヨーロッパの自転車文化に少しずつ馴染んで、認められて行くような感覚になったことを覚えています。

 

ユーロバイクアワードやイタリアのPEdALEDチームのおかげでヨーロッパのバイクチャンネルでのブランド認知は広がり、それらによって徐々に製品のカジュアル系が減り、ジャージ系が増え、バランスは徐々に変化して行きました。

ブランドロゴを外したシンプルなジャージ、天然素材をメインにしたウールジャージは当時他に存在せず、マーケットではとてもユニーク(唯一無二)なブランドだと思われたようです。

またブランドの方向性も特殊で、当時はあまり認知されていなかった大陸横断のロングディスタンスレースやアドベンチャーレースなど、ロードレースとは別のカテゴリーに向けても製品開発にとても力を入れています。

そのジャンルは人と自転車の関わり(関係性・絆)がより強いと感じているからです。

 

しかし、私がブランドを創設した当初のコンセプトはそれ以降も脈々と継続しています。

 

つづく