PEdALED ヒストリー 第2章 (PEdALEDのブランド名は)

11月 13, 2021

さて、コンセプトとブランド名だ!

ロードバイクと聞いて思い浮かべるのは、「軽さ」「早さ」「スピード」など、Do Sportsを連想するワードです。

しかし、私が創造したいウエアは、ライフとスポーツの中間に位置する新しいサイクリングウエアです。

ですから、ブランド名はPedal(ペダル) + Earth(地球)+ Diving(潜水)を合わせて造語しました。自転車に乗ってスピードを追求するのではなく、ペダルを踏んで地球上を潜水するようにゆっくりと楽しんで欲しいという願いを込めました。

決してスポーツとしての自転車を否定している訳ではありませんよ。誤解しないでくださいね。

それとコンセプトは、「天然素材と古着を使ったサイクリングウエア」としました。

将来の地球環境を危惧していた私は、化学繊維に対して少々拒絶感を持っていました。仮に仮にですが。自然の中でライド中のトラブルで死んでしまったとき、何百年後に見つかるのは骨とタイヤだけであって欲しい。

小さなブランドですが、出来る限り地球へのダメージが少ないサイクリングウエアを開発したかったからです。 

 

天然繊維(伸縮性が無い)での商品開発は大変苦労しました。

いかんせん生地が伸縮しないのですから、製品が立体的に仕上がり、自転車に乗る際の運動域を妨げないように型紙(洋服を作る際に必要な図面のような物)をパタンナー(型紙の技術者)と一緒に知恵を出し合い様々な工夫を試して製品作りをしていました。

日本が世界に誇る「デニム」のパンツと綿に比べ速乾性に優れた「ヘンプ(麻)」のTシャツをブランドの中心アイテムにしました。

また古着のリサイクルでは、ミリタリーやUSAカレッジの古着をリメイクして新たなアイテムに生まれ変わらせました。

とにかく簡単には進みません。

今までに無いコンセプトのブランドを創造するのですから・・・製品のサンプリングからオリジナル店舗の改装までであっという間に1年近くが経過してしまいました。

 

2007年!! さあ PEdALED のデビューです!!!!!

その年、街には「ピスト」ブームが到来し、自転車を扱うファッション雑誌が増え、大井競馬場のフリーマーケットで競輪選手が売っていたピストフレームが完売。

ヤフオクでは高値でピストフレームが売られ。何だかおかしな空気でした。

 

デビュー当初のPEdALEDは大変苦戦しました。

なぜなら、マーケット的にはサイクリングウエアでもファッションでもない、その中間だったからです。

しかし、ブームに敏感なファッションチャンネルが「ピスト・自転車」をブーム化して商機にする事はとても早い速度で進行し、マーケットはあっという間に「自転車ブーム」になりました。

PEdALEDもファッションチャンネルでお取扱をして頂きブランド名を覚えて頂く事が出来ました。これにはとても感謝しています。

また、その頃にはバイクチャンネルでもお世話になる店舗さんが増えていました。サイクルモードではサイクルアパレルの特別スペースも設けられ、多くのお客様がそこを訪れ反響は凄まじい物がありました。

ですが、しかし、、、特に日本のマーケットで起こったブームというのは確実に去ってしまうという事は、ファッションチャンネルで働き続けた私には容易に予測出来ました。

出る杭を許さない。

みんなと同じ。

流行。

ブーム。

日本はとても怖いです。

 

この頃から、自分の考えが正しいのか? 世界で通用するのか?

と思い始めて、自転車の本場であるヨーロッパのマーケットにPEdALEDを持って行きたいと考えるようになりました。

パリのファッションチャンネルの展示会や台湾のバイクショーに出展しましたがパッとせず、最終的にはバイクチャンネル最高峰の展示会である「ユーロバイク」に出展してマーケットの反応を知りたいと思うようになりました。

しかし、ユーロバイクに出展と思いついても出展は簡単な事ではありません。

ここからは、偶然に出会った方達の助けだと思っています。

まず名古屋高島屋で期間限定ショップを行っていた際に出会った方には大変お世話になり、ユーロバイクのJapanエリア内に出展出来るきっかけを教えて頂きました。

自転車産業振興協会から審査を通過してブースが貰える事になった知らせは忘れられません。

その1ブースはとても小さなスペースですがPEdALEDにとっては大きな意味を持ったスペースです。

ユーロバイクへは大きなドラムバッグにサンプルとハンガーを詰め込み、最低限の着替えとパンフレットをパックパックに詰め込んで出発しました。

そこで新たな出会いが・・・・・。

 

つづく